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ボストンテリアの六と汐との生活の記録や新入りとの日々の生活をボヤキ記録していく日記。
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先日、三沢光晴が死んだ。
しかも試合中の出来事、バックドロップのシーンは何処にもなくどんな状態だったのか
ネットを調べてもyoutubeで動画を見ても東スポからも知る事は出来なかった。

けど昨日何年か振りに週刊プロレスを手に取った、当たり前のように三沢の記事はトップ、
そこにはちゃんと写真が載っていた、バックドロップのコマ写真、直後の姿、蘇生措置を受けている姿、
どれも衝撃だった、顔や眼が見る見るうちに紅潮して呼吸が出来なさそうな姿はショックだった。
ただしかし写真から見た目に言えるのは彰俊の放ったのは極普通のバックドロップで
危険な角度だったというわけではないという事だ。

三沢といえば首にずっと爆弾を抱えていた、頚椎捻挫なんてしょっちゅうだった。
三沢が亡くなった事を知ったのはプロレス好きのお友達からのメールだった、
死因も良くわからなかったし事実もあまり信じてなかったから返信に「マジで?首が原因?」と書いた位だ。
いつ爆発してもおかしくない中、たまたま彰俊のバックドロップがその瞬間だったんだろう。

ただ、東スポによると年内引退プロレス界からも身を引く予定で第二の人生を計画していたようである
それを知るとなおさら今回は残念で仕方がない。

もう一週間近くになるがふとすると頭の中で三沢のテーマ曲「スパルタンX」が鳴っている、
特別思い入れがあったわけでもないがいまだそんな状態だ。

そういや橋本真也が死んだ時もテーマ曲の「爆勝宣言」が暫く頭から離れなかった。
ジャンボ鶴田の時も暫く「J」が頭から離れなかった。

馬場もジャンボも橋本の時もショックだったが、一番ショックだったのは高校生の時
プエルトリコでプロモーターに刺殺されたブルーザーブロディのニュースだ。
追悼のリング上でスタンハンセンが何度も何度も涙を流し連呼していた事を今でも覚えてる。

ハル薗田の死も冬木弘道の死もそりゃショックだったけど、ブロディの時には及ばないけど
今回の三沢の死はホントにショックだ。

2代目タイガーになった時はあまり好きになれなかった。初代タイガーに思い入れがあったからだろう。
でも90年の新日ドームでの全日対新日の対抗戦、自らマスクを取り(川田に取らせて)素顔に戻った試合
SWSの件で選手が大量離脱した後の全日での闘い、鶴田から返し技ながらピンフォールを奪った試合、
四天王時代の激しい試合等々、なんだかんだ言って自分の記憶に残るレスラーだったんだなぁと思う。

先日武藤祭りで武藤敬司のデビュー25周年のメインイベントが発表された、
闘魂三銃士と同期の船木誠勝がプロレスのリングに上がり武藤とタッグを組んで
蝶野正洋、鈴木みのる組と試合をするという事だった。
遠い昔のヤングライオンを思い出させてくれる試合、久しぶりに8月30日の両国に足を運ぼうかと
思っている(実現するかはわからないけど)。

実は船木のプロレス復帰は色んな妄想も膨らんでた、その中には三沢との対決もあったのに。。。

今更だけど三沢の居た頃のNOAHを生を観てみたかったなぁ。。。

とにかくご冥福を祈らずにはいられない。


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